第一章
案内所の引き出しの奥に、手書きの地図がある。
観光客に配る印刷物とは別に、自分だけのために何度も書き直してきた地図だ。おすすめの定食屋、干潮のときだけ現れる岩場、バスの窓から見える夕焼けのポイント。小さな丸印が紙のあちこちに増えていく。
でも、海辺の北の端にある灰色のベンチだけは、三年間ずっと白いままにしていた。
十二月の朝、案内所の窓口に白いコートの老女が立った。
「あの北の外れに、何かいいものはありますか」
少し面食らった。あのあたりは砂が舞うだけで、観光客が立ち寄るような場所ではない。
「特には……」と答えかけた私に、老女は小さく笑って紙袋をカウンターに置いた。
「よかったら食べてください。レモンケーキです。毎年この季節に来るんですよ。ここの冬の匂いが好きで」
それだけ言って、老女は出ていった。
ガラス越しに見送ると、白いコートは海のほうへ向かって、すぐに見えなくなった。
包みを開けると、ケーキの下に薄い紙が一枚。鉛筆の、小さな字。
*行けなくなった場所に、もう一度行ける日がくる。*


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