第一章
商店街の事務所に呼ばれたのは、三月の終わりだった。
桜がまだ咲きかけで、僕は理由もわからないまま折り畳み椅子に座らされ、振興会の会長——丸顔に白髪の混じった田代さんという人——から、ぽつぽつと話を聞かされた。
「坂本さんが、春に入院されてね」
坂本さんというのは、この商店街のイベント係を長年やっていたおじいさんだ。正確には、僕は一度しか話したことがない。去年の夏祭りで、神社の境内にテントを立てるとき、張り方を教えてくれた人だった。手際がよくて、無駄なことを言わなくて、でも僕が迷っていると必ず気づいてくれた。
「後任を探しているんだけど。きみ、暇でしょ」
暇かどうかでいえば、そこそこ暇だった。親の仕事を手伝いながら実家の近くをうろうろしている二十六歳に、大した予定はない。断るほどの理由も、断るほどの気力もなかった。
「やってみます」と答えたのは、なんとなくそのほうがよさそうだった、というだけだ。
後から思えば、田代さんはその時点で坂本さんの病状のことをもう知っていたのかもしれない。「入院」という言葉だけを使って、それ以上は何も言わなかった。
坂本さんは五月に亡くなった。
七月の第三土曜、毎年恒例の夏祭りまであと三週間というころになって、僕はようやく神社の境内に足を踏み入れた。
正直に言えば、ずっと先延ばしにしていた。
行けば何かが始まる気がして、どこか踏み出せなかった。何かが終わった場所に、自分が立ち入ることへの遠慮、というのかもしれない。



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