第一章
夕方の四時をすぎると、写真館のガラス戸に橙色が差し込んでくる。
辻写真館は商店街の一番奥にある、小さな店だった。壁には歴代の卒業写真や婚礼の白黒写真が飾られ、カウンターの奥では現像液のかすかな匂いが漂っている。入ってきた人は決まって、「なつかしい」と呟いた。
店主の辻義雄は六十九歳。いつも古びたエプロンをつけたまま客を迎えた。
その日の客は、二十代とおぼしき若い女性だった。
「古いフィルムの現像をお願いしたいのですが」
彼女は、くたびれた茶色い封筒を差し出した。
「祖母の遺品の中から出てきたんです。何が撮ってあるかわからないんですけど……」
辻は封筒をそっと開け、中を確かめた。三十五ミリのフィルムが一本。日付の印字はもう読めなかった。
「現像できるかどうかは、やってみないとわかりません。古いフィルムは、何も出てこないこともある」
「それでもいいです」と彼女は言った。「あったかもしれないものを、見てみたいんです」
辻は静かにうなずいた。名前を確認すると、岸本さくら、と書いた。
「一週間、いただけますか」
彼女は夕焼けの中に帰っていった。


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